2007年01月01日 月曜日
●麺馬鹿一家、中国を行く ~3日目~
生まれて初めて、海外で迎える正月。中国は旧暦で正月を祝うと聞いていたが、 昨夜12時過ぎには大規模な花火が30分ほど上がったし、朝ホテルを出ると、通りでは爆竹を鳴らし新年を祝っている。

3日目のハイライトは旅順観光。大連からバスで1時間の旅順は日露戦争の爪痕を色濃く残す街。 ロシア軍のトーチカがあった東鶏冠山や203高地、乃木大将とロシア陸軍の名将ステッセルが会談した水師営を巡る。
歴史の教科書でさらりと勉強しただけだった日露戦争のことが、ぐっと身近に。




我が母親一家は、昭和初期、瀋陽に渡った。私の祖父は製氷工場を営み、暮らしは裕福だったという。 母は瀋陽で生まれ、当時の満州鉄道 瀋陽駅のすぐ近くの二階建ての石造りの家に住み、日本人学校に通った。
母の姉曰く、祖父はハーレーデビットソンに跨り、2~3日家を留守にすることが常だったとか。そして、 当時の瀋陽ではなかなか手に入らなかった贅沢な食材や日用品を山ほど携えて帰ってきたという。 製氷工場で仕事をする祖父の姿が記憶にない姉は、
「きっと父は日本軍の諜報員で、製氷工場は隠れ蓑だったに違いない。」
と、真剣に母に話していたとか。
母が小学2年生の時祖父が他界、祖母は子供4人を連れ、大連港から博多港へと引き上げてきたという。 祖母のことは良く覚えている。物静かで優しく、かつ気丈な祖母だった。
そう言えば、アノ凛とした雰囲気は、
『諜報員の妻』のイメージにピッタリ符合するなぁ……。
~中国東方地方の麺~
車窓から最も目にしたのは「冷面」の看板。北朝鮮に近い土地柄のせいだろうか?「牛肉面」 の看板もチラホラ見たが、いわゆる日本で言う狭義の「麺」は一般的ではないようだ。

ホテルのビュッフェスタイル朝食で見つけた麺は
水餃子&春雨
小麦粉を練って作るという意味での「麺」で最もポピュラーなのが餃子。豚肉や海鮮、高菜などの野菜など、 具のバリエーションも豊富。以前、湖南省を旅したときは、トマト餃子の旨さに感激したが、今回の大当たりは海鮮餃子。海老&ナマコや鰆など、 どの餃子もウルトラ美味。


驚いたのがコンビニのカップ麺の充実度。様々な種類の麺がズラリと並ぶ。前述通り、 飲食店での麺はマイナーな存在に見受けられたが、カップ麺はエラク品数豊富。


ホテルで食べた酸辣味は
フリーズドライの具に
粉末&練り味噌スープ、
2種類の袋入り薬味に
簡易フォークまで付いた豪華使用。

今回の旅で食べた数少ない麺の中ではあるが
ピカイチに上手かったのが、
大連の海鮮しゃぶしゃぶの〆に出てきた麺。
うどんチックに太めの生麺は一見うどんチックなれど、
茹で上がると「ぽわん」と弾ける食感が
なんともチャンポン麺チック且つ
生麺ならではの強めのコシがナンとも楽し。
◎2007年通算麺喰い数◎ラーメン0● うどん0●そば0● その他3