2008年05月22日 木曜日

●遠い記憶

今日は楽しみにしていた讃岐うどん新店、志成のオープン日。正午半過ぎ、社内での仕事が一段落着いたところで、昼麺ポタ。心地よい風を楽しみつつ志成に辿り着く。も、

「すみませ~ん、麺が切れてしまいましたぁ……。」

午後1時前だというのに既に品切れ。どうやら幸先の良いスタートだったようで、ナニよりナニより。営業が軌道にのるであろう来週以降にでも再訪するかとあっさり諦め、すぐ近くのあま太郎大手門店へ転がり込む。

あま太郎

風情ある縄暖簾をくぐると、7~8名かければ満席のこぢんまりとしたコの字型のカウンター。その奥には2畳ほどの厨房には、白の割烹スーツをまとったお母さん。食事を終えた常連らしき年配客と世間話に花を咲かせている。ゆるりと心地よい雰囲気につられ、ふと遠い記憶が蘇る。

冷やしちんめん◇あま太郎

昔、私がまだ小学生だった頃、休日に母の買い物に連れられ天神へ行ったときの昼飯は西鉄味の名店街と決まっていた。おそらく母も麺好きだったのだろう。地階へ降りてすぐの「お好み焼きの後楽園」など数ある飲食店には目もくれず、スタスタと一途に向かったのが「因幡うどん」。そして、極々たまに連れて行ってもらったのが「あま太郎」。メニューの大半は温麺。具のバリエーションで十数種載っていたが、あま太郎の代表メニューと言えばソリャもう冷やしちんめんに尽きる。

食感抜群の気持ち太めの中麺に合わさるのは、ゴマ油の風味がきいた冷やしスープ。冷やし中華と違って、決して酸っぱくない。具はキャベツとキュウリとハムと、錦糸玉子。デフォルトでのる紅ショウガが、小学生の私にはナンとも「大人の味わい」に感じられたものだ。一啜りする度に蘇る子供の頃の様々な思い出。久しぶりの冷やしちんめんは、ほんのり甘酸っぱいノスタルジック味。

時代は巡り、小学生だった私が父となり、休日には小学生の我が子達をアチコチの麺屋へと連れ歩く。そして彼らも父親となったとき、きっと我が子を麺屋へ連れて行くのだろう。

あま太郎大手門店:冷やしちんめん500円。福岡市中央区大手門3-1-21。日曜休み。Pなし。

◎2008年通算麺喰い数◎ラーメン87● うどん45●そば11● その他39
◎今月の総ジョグ距離:54km / 通年351km

Posted by heno at 2008年05月22日 12:57
コメント

私の子供は娘二人のせいか、私とは麺屋
に行こうとしません(涙・・・)。
仕方ないので、孫に男の子が出来たら、
その孫をあちこちの麺屋に連れて行こうと
いう夢を抱いています。

Posted by チャンカメ at 2008年05月23日 15:08

孫と麺喰い行脚ですか……。いいですねぇ、ソレ!
私もその夢、目指してみるかなっ!!

Posted by への at 2008年05月23日 21:32

今日、志成に行ってきました。ホントに麺がイカ刺し。うまかったです。
指摘して申し訳ないんですけど、西鉄名店街のお好み焼きは後楽園ではなくて甲子園です。いまだに久留米の西鉄名店街にはありますよ。

Posted by take4 at 2008年05月23日 22:51

西鉄味の名店街の地階へ降りてすぐのお好み焼き屋は「甲子園」ではなかったでしょうか?
あま太郎大手門店は舞鶴中学卒なので土曜日によく行ってました。今から34年くらい前のことですが、オバちゃんはその時と同じオバちゃんです。

Posted by しょもど at 2008年05月24日 00:37

ですよね、ですよね。
お好み焼き=関西=甲子園に決まってますよね……。
あはは、またもやへのっちゃいましたぁ。

Posted by への at 2008年05月24日 01:02

西鉄味の名店街といえば、私はなんと言っても〔大関〕の“かつ丼”ですが、40年近く昔ですから誰も覚えていないかも・・・・・・・

Posted by osamu at 2008年05月24日 08:26

それぞれにそれぞれの思い出。
私が強烈に覚えているのは
因幡うどんの近くにあった遣れた立ち飲み屋。
あぁ、今あったら間違いなく通うのになぁ。

Posted by への at 2008年05月24日 21:49

いやはや、皆様のコメント懐かしく・・・
それに、ついでですが「ナイルのカレー」
これらが揃って私共の遊び場でした。

Posted by 山笠 at 2008年05月25日 00:38

ナイルのカレーは
中学生の時、当時の彼女と食べた記憶があります。
卒業前に私が誘って太宰府天満宮へ合格祈願に一緒に行った帰りでした。
一緒にカレーを食べていると彼女がぽつりと一言。
「知ってた?太宰府天満宮って縁切りの神様なのよ。」
どえらくショックだったのを昨日のように覚えています……。

Posted by への at 2008年05月26日 17:54

ありゃ、へのさんの思い出したくない処でしたか、御免なさいね。しかし青春はそんな物ですよね。太宰府さんには彰敬会とか有り、小生も会員ですが「縁切りの神様」は知りませんでした。
福岡駅から西鉄電車、二日市乗り換えで太宰府さん、参道のお店の匂いの中歩いている二人の姿、太鼓橋では手をつなぎたい気持ちで渡り、そして本殿に、お下げ髪の君の真剣な眼差しでの拝礼今も忘れません・・・・・・博多っこ純情

Posted by 山笠 at 2008年05月27日 23:43

いつも、参考にさせていただいてます。
ありがとうございます。
懐かしかったので突然コメントしてしました。失礼でした。
さて、太宰府天満宮は縁切りの神様ということに関して
諸説あるみたいですが聞いたお話をひとつ。
菅原道真は左遷によりこの地へ来られたのですが
その時の悔しさがたまたまお参りに来ていた幸せそうな二人を見て
ヤキモチを焼いて別れさせたということより縁切りの神様と
呼ばれるようになったと聞いたことがあります。

Posted by しょもど at 2008年05月28日 12:09

山笠さん
我が初恋は甘くて辛い。
これ正にナイルカレー味なり……。

しょもどさん
詳しい解説、ありがとうございます。
その時のヤキモチが梅が枝餅となったのでしょうか?(笑)

Posted by への at 2008年05月28日 21:36
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